Make a detour

寄り道できる余裕を。大学生活とポケモンをちょこちょこと。

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大学生活4年間を振り返って 前編

遂にこの日がきてしまった。
今週は何も手につかなかった。上の空だった。それほど今日という日がくるのが恐ろしかったのだ。
明日が入社式。荒波の就職活動を昨年11月にようやく終え、少しの休憩のあとまた荒波へ。
それは今まで学生という身分では体感しえなかった恐ろしさだと人は言う。
遂にきてしまったのだこの日が。
大学時代には都市伝説だとすら思えた社畜生活。

ここで大学4年間を振り返る。

1年 4月 入学式、地元の高校から同じ大学に進む友達は少なく、当然のぼっち。
初日の昼飯はよくわからんテニサーに勧誘され、そのブースで名前も忘れた先輩と飯を食う。
晩飯は合唱サークルの飲み会に行きタダで飲み食い。
軟式野球サークルもまわってみるが、野郎ばかりの非リア集団。
これはないと思い、加入せず。まさかこのサークルに後に入るとは思ってもみなかった。
当時はまだ実家から片道約2時間をかけて大学まで通っていた。
テニサーにも合唱サークルにも結局入らず。
某大学受験予備校でアルバイトを始める。
このバイト先、飲み会も多く、周りも同じ大学生のためにこちらでの絡みが多い。
ウェルカムパーティーなるものも生協が開いてくれ、そこで同じドイツ語のクラスの友達が増える。

5月 ドイツ語のクラスが同じ友達の入っていたスキーサークルに入り、GWはそのサークルの新歓合宿に参加する。
飲みがコールやらゲームやらで大荒れ。これは無理と思いこのサークルにも入らず。
地元の友達に麻雀を教わり、金土日の夜に集まり麻雀を嗜む。

6月 英語の授業で知り合った友達の紹介でバンドサークルの部室にいってみる。たまたまドラムが少なく、自分自身も高校時代はドラムをやっていたことから遂にサークルに入る。
なんだかよくわからんが、めちゃめちゃうまいベースのやつと、ゆってぃーに似ているギターヴォーカルとバンドを組むことに。

7月 大学生活初のテスト期間。実家から通っていたこともあり、授業にはしっかり出ていたため、それほど苦労せずにテストをこなす。
8月にバンドサークルの合宿があり、ライヴがあるためにその個人練習をちょこちょこと。

8月 バンドで初めて合わせる。周りがうますぎてやばい→ボコボコに言われ凹む→合宿を休むことにケテーイ
要するにバッくれるww 理由は祖父の病気が大変だということに。実際に祖父が入院し、9月に亡くなる。

9月 片道2時間かけて大学に通うことに疲れを感じ、丁度大学近くの学生マンションに空きができたとのことだったので、そこへ引っ越す。
引っ越しが終わった直後に祖父が死去。同じ大学の先輩でもある祖父の書斎から形見として1品ずつ持っていけることになり、独和辞書を選ぶ。
ここで忘れてはいけない出来事。
ポケモンのHGSSが発売される。
これで僕の大学生活は良い意味でも悪い意味でも大きく変化することに。
もともとは、DS本体を持っていたわけではなかったが、地元の友達がもう使わないからとのことで5000円で売ってくれる。
アルバイト先の同期とラーメンを食べているときにポケモンのリメイクが出るという話をきき、特にやりたいソフトもなかったために、ポケモンSSを買ってみることに。
当然努力値も個体値も種族値も知らない。

10月〜12月 ポケモンのストーリー攻略も終わり、ネットサーフィンを重ねる中で努力値、個体値、種族値の要素を勉強し始める。ちなみに一番最初に厳選→育成したのはエルレイド。
丁度もこう先生の動画も見始め、対戦に興味を持ち始める。
11月にもこう先生が名前は忘れたが、とある生主の放送に出るということをブログにてチェックし、当時ニコニコ生放送の存在は知らなかったが、その放送をきっかけにニコ生を見始める。
よくはりついていた放送はshoさんの放送。
自分には非リアな感じが丁度良いと感じ、例の野郎だらけの野球サークルに結局加入。

2010年1月 実家にもともとwiiがあったこと、もこう先生の動画をみて対戦への憧れを持っていたことから、正月に実家に帰った際にバトレボを買ってしまう。
当時はランダム対戦ができるのはバトレボだけであったために、大興奮。
テスト勉強しながらまーバトレボ。大学へは行ってない気がする。

2月〜3月 長い長い春休みではあったが予備校のアルバイトやらサークルで野郎だけで沖縄行ったりやらポケモンやったりやらで過ごす。
正直そんなに意味のある生活ではない。

2年 4月 shoさんの放送にはりつく中で沸々と沸き上がっていた自分も放送したい熱が遂に行動に移させることに。4月5日、記念すべきコミュ誕生である。
当時の放送コンテンツはバトレボの対戦放送のみ。
コメントも全然もらえず、0コメ放送が当たり前。正直挫折。しばらく放送しないことに。
酒の飲み過ぎで電車内でゲロ吐いたのもこの時期。
人生初の合コンを経験するも、あまりにお嬢様すぎて、自分がガチガチすぎてつまらんかった。

5月 記憶がない。4月から新たにドトールコーヒーでアルバイトを始めていたが、その仕事が大変だった記憶だけが微かに残る。

6月 人生2回目の合コンを経験する。2回目は学内合コンであったが、一人の女の子と別の日にご飯を食べに行くことに成功。
しかし、その後お互いコンタクトをとらず、発展なし。
あの子はどうしたことやら。最早まじめに名前も覚えていない。
そしてそして、なんたってこの時期はW杯があった。この月に自分自身も20歳となり、晴れて胸をはって酒を買えるようになったわけだ。
遅くまでサッカーをみながらビールを飲んでは、昼は大学に行かずサッカーの録画をみる。
そんな感じ。

7月 テスト勉強に明け暮れ記憶なし。

8月 福島に2週間単身免許合宿へ。行きの新幹線の中とかはガクブルしていたものの、これはこれは楽しい2週間。
同じ宿の女の子達とも花火をやったり、初めて大学生らしい経験をした思い出が。
なぜ単身、相部屋で免許合宿に行ったか。もちろん、彼女が欲しかったためw

9月 免許合宿で知り合った一つ年上の女の先輩と飲みに行けることに。しかし、むこうに気がないことがなーんとなくわかり、自分もそこまで積極的になれずそれだけ。それだけ。

10月〜11月 ポケモンBWを使って対戦放送ぶっぱ。毎日2時間ぐらいは枠を取っていた記憶。
つまりキチガイ。

12月 自分のコミュニティ史上、自分のポケモンライフ史上最大の出来事が起こる。
第2回こっぽら杯優勝。翌日の生主杯に向けての調整ぐらいの勢いで参加するも、読みと運が冴え渡りまさかの優勝を果たす。
この日だけでコミュ人数はぐーんと伸びるし、翌日の生主杯参加の影響とも合わさりツイッターのフォローも増えた気がする。


4年間を振り返るのって結構大変。前編はここまでで。
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【日記】大学受験勉強と大学での勉強の違い

大学生活おそらく最後になるであろう、いや、最後にしたいテストに向けての勉強の合間に記事書きます。
丁度先日センター試験があったようなのでそれも含めてホットな話題ではないかと思っての更新です。

今回ふっと思ったのは、大学に入るまでの勉強と大学での勉強の違いについて。
大学受験に関しては1年間ぐらいはこれでもかなりガチで取り組んだ方だとは思っていて、その中でも暗記ものが特に嫌いでした。
日本史とか英単語とか英文法とか古文とかですね。
理屈もなくただ覚えるっていうことにもの凄く抵抗があって、暗記ものの勉強って、じゃあ大学に受かるため以外にはなんのために覚えなきゃいけないの?大学側は日本史のテストなんてやって何をみようとしてるの?って思っちゃってたわけです。
それってのは、大学生活が終わろうとしてる今でも思うことで、結局あのときの詰め込みってのはなんなんだったのかなと。

大学入ってからの勉強は、確かに1、2年のときはマクロ経済学とかミクロ経済学とかそのための微分積分だったり、知識としての詰め込みは多かったですけど、3、4年になってからはそういうただの詰め込みっていうのは減ってきたように思うわけです。
僕が入ってたゼミはとにかくディスカッション、ディベートをやるゼミで、他のゼミみたいに論文書いたりっていうのは少なかった。
けど、今まで詰め込んだものを自分で表現するためには、それなりに頭使わなくちゃいけなくて、議論の場で知識を披露しても何の意味もないわけですよね。その議題に合わせて例えばが自分で作れなきゃいけない。
そういう意味じゃ大学入って僕なりにも一番伸びたところは、例えばが浮かぶようになったことかなと思う。

日本史の暗記ってのもそれ自体を覚えるだけじゃ意味はないと思うんですよね。
じゃあなんでそういう人物が出てきて、こういう法律をつくらなきゃいけなくなったのかというところを考えるところにおもしろみがある。何年に何が起きてっていうのは、そのぐらいの時期ってだけ抑えとけばいいわけですよ。
ただそれじゃ望みの大学には受からないわけですが(笑)
上位の国立大学で日本史の試験でも論述を出すような大学は、やっぱり望んでる受験生のレベルが高いと思いますよね。
覚えるだけじゃなくて考えられなきゃいけない。予備校の模範解答丸覚えするにしても、それを理解してなきゃいけない。
私立大学文系の僕は丸暗記だけでなんとかなったわけですが。


書いてて自分でも何を言ってるかようわからん(笑)
けど、同じように大学受験経験して、同じように大学生活送ってる人にはなんとなくわかるんじゃないかな。

【日記】Club World Cup 準決勝 チェルシーVS,モンテレイ戦観てきました

トヨタカップ観てきました。場所は横浜国際総合競技場という名の日産スタジアム。

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スタジアムに装飾してありました。

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試合開始が19時半で開門が16時半だったんですが、気合い入れて開門と同時に入場。
席についてすぐに撮った写真ですが、さすがにガラガラ。

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試合前の入場シーンです。

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前半にチェルシーのファン・マタがゴールを決めたあとのシーンです。
ファン・マタのシュートも良かったですが、その前のダビ・ルイスのスルーパスがすごかった!

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今シーズン限りでチェルシーを離れるであろうランパードが交代で出てくるところです。
出てきてからちょくちょくミドルシュートみせてもらえてよかった。


試合通しての感想は、とにかく寒かった(笑)
前日にヒートテック買ったんですが、あれないと観戦にも集中できなかったかも。
彼女と観に行ったんですが、どの選手が好きかってきくとやっぱりトーレスはイケメンだとのこと。
意外だったのが、ファン・マタも結構好みなんだとか。意外って本人に失礼か。
普段センターバックをやっていたダビ・ルイスが中盤の底をやっていたんですが、普通にうまかったぞ(笑)
試合始まってから、なんかいつもより位置高いなーとか思ってたら、センターバックじゃなかったっていう。
あとは、アザールがうまかった!まじでびっくりした。トーレスも足速かった。
アザールは見た目といい、プレイスタイルといい、なんとなくジョーコールと似ている気がするんですけど僕だけでしょうか。
モウリーニョ時代のジョー・コールが好きだったので、アザールはこれから応援していきたいなと思ってます。
冬のサッカー観戦は寒いけど、一ついいことがあって、それはビールがぬるくならないこと!
夏に川崎フロンターレの試合観に行ったんですが、あのときは夏だったからビールがぬるいぬるい。
それに比べて冬は全然温度変わらないから、ゆっくりビール飲みながら観れるわけですわ。
話にきくと、今回でトヨタカップも日本開催はしばらくないようなので、記念ってのも含めて良い思い出ですね。

【日記】ギャンブルについて雑感

僕の下宿先の最寄り駅の近くにデカいパチンコ屋があります。
朝大学行く前に、そのパチ屋の前を通るんですが、朝からまあすごい行列。
この人達は普段何をしているんだろうかということと、そもそもパチ屋って何で成立するのってことをよく思うわけです。
後者の疑問について自分なりに考えたことを書いてみます。

導入として、高校数学でも出てくる期待値とギャンブルについての問題です。

2分の1の確率で当たり、2分の1の確率で外れるくじがあります。
賞金は当たった場合500円もらえ、外れた場合はもらえません。
あなたなら参加費いくらならこのくじ引きをしますか?


という問題。これは期待値の考え方を使いますね。
このくじ引きの期待値は250円。つまり、参加費が249円以下なら、統計上は参加者が得をするためにこのくじ引き、ギャンブルには参加する価値があると考えられます。

逆に、このくじ引き、ギャンブルを仕掛けるディーラーは利益が出るように参加費を251円以上に設定するでしょう。


話は戻って、パチ屋はなぜ成立するか。
パチ屋が世の中に、しかもあれだけ大きな建物を構えて商売をしているということは、要するにパチ屋自身は儲かっているわけです。
なぜ、儲かるか。それは、パチンコをしようと思う、あの行列に並んでいる人達からお金を巻き上げているからです。
一生懸命に行列に並びパチンコをしている人は、ときに当たって儲かることがありますが、それも含めて理屈上は金銭的に損をしています。
僕自身はパチンコをやったことがなく、どのような仕組みになっているかはよくわかりませんが、店側は客が大当たりすることも含めて考えて、参加費用は期待値を上回るように設定していると考えられます。そうしないと、店側はトータルで損をして、人件費、土地代等の費用を払うことができず、営業できないからです。
長々書きましたが、要するに、統計上は店が得をして、客が損をしていると考えられることはごく自然な流れということです。

では、なぜ人はパチンコをしようと思うのか。

1つ考えられるのは、期待値の考え方、概念を知らない人が多いということです。
店が儲かるように参加費を設定されているということがわかっていれば、そもそもギャンブルに参加しようと考える人はいないでしょう。わざわざ店をつくり、人を雇ってまでも商売をしようとしているのだから、店の都合の良いようにクギ?が打たれていると考えても不自然ではありません。

2つ目が、パチンコやギャンブルには、参加者にとって賞金、参加費等の経済価値以外にも何か価値があるのではないかということです。
例えば、パチンコで儲けたときに感じる達成感や興奮、換金するときに感じる喜び等ですかね。人によっては、負けたときの悔しさを味わうことも楽しいと思う人もいるかもしれません。このような感情はお金にはかえられないもので、感じ方も人それぞれ、お金に換算するとしても個人差があるわけです。
金銭的には損をするということを知っていたとしても、パチンコを辞めることができない人というのは、このような感情が原因なのではないでしょうか。中毒症状もこれが原因でしょうね。
僕は経済的に必ず損をすることがわかっているので、損をするということが極自然に考えられるので、今後もパチンコをやろうとは思いませんが、一度やってしまって達成感なんかを味わってしまうと、経済的に損をしてでもその感情を求めにハマってしまうかもしれません。そのためにもやらないに越したことはないように思います。
お金だけ考えると非合理的に考えられる行動も、感情というお金に換算できないものを混ぜることで、ごまかすことができるわけです。


パチンコ屋はそういう意味では、うまい商売なのかもしれません。ただ、悪い言い方をすればズルい商売でもあるかもしれませんね。
パチンコ屋が悪で、パチンコにハマる人がバカだとかそういうことを言っているわけではありません。
店側も客側もお互いに満足しているわけですから、経済学上は何の問題もありません。
ただ、一つ言えるのは、金銭的に損をすることはわかっているのだから、パチンコで生計を立てようだとか、おれは運が良いからパチンコで儲かるだなんて考えることはしない方が良いということです。
あくまで、カラオケやボーリングと同じように、勝ったときの達成感や喜びを求め、娯楽でパチンコをやるというスタンスが大切だと僕は思いました。

【日記】就職活動を終えて

先日、11月6日午後に、かなり遅い時期にはなってしまいましたが、志望していた企業から内定のお電話を頂き、無事就職活動を終えることができました。
約11カ月にも及ぶ長期戦、これまでの人生で、大学受験以上に非生産的だったと思われるイベントについて、このまま忘れてしまうのはもったいないと考え、振り返ってみることにします。

2011年12月 2013卒新卒採用活動スタート。世の中にどういう業界、企業があり、どんな仕事があるかもわからなかったので、とりあえず出れる説明会に参加してみることに。この時期は合同企業説明会が多かった。

2012年1月 合同企業説明会に加え、各企業毎の説明会、下旬からは早い企業ではエントリーシートの募集が始まる。大学のテストと重なり、エントリーシートと合わせて結構忙しかった。

2012年2月 本格的に個別の企業説明会、エントリーシート受け付けが始まる。春休みで大学も休みになったので、片っ端から説明会参加、空いた時間にエントリーシート書きまくって適当に出しまくる。この時期は商学部だしなんとなく、銀行、證券、生保損保といった金融機関、どうしたら問題解決できるかということを考えることが好きだったので、なんとなくコンサルを中心に説明会まわってた。

2012年3月 2月に引き続き説明会をほぼ毎日まわりまくる。書かなきゃいけないエントリーシートの量が半端ない。とあるメーカーの説明会になんとなく参加したところ、その企業がめちゃくちゃいい会社にみえた。自分の中で同じ営業でも、金融とメーカーの営業ならメーカーの営業の方が合っているかもと思い始める。

2012年4月 上旬が面接ラッシュ。金融から始まり、メーカー、コンサルと続く。なんか商社も広告も受けてたから正直どっかひっかかってくれればいいという感じw そんな適当さが伝わったか、選考全然進まない。

2012年5月 とある証券会社からなんとか一つ内定もらう。ただ、この時点ではもう金融の営業はやりたくないと思ってたので、内定承諾せず。4月に出しきれていなかったメーカー、商社を中心にエントリーシートを出す。

2012年6月 とある食品メーカーの選考が進み、最終面接へ。ただ、企業理念を覚えていなかったり、なんか圧迫面接っぽい感じで落とされる。この時期に最後の砦だったからとにかく絶望。就留を考え始める。

2012年7月 大学のテスト。就活については忘れることに。現実逃避。

2012年8月 今までOB訪問というものはしてこなかったが、企業側にこちらの本気度を示すためにもOB訪問はした方がいいとようやく考え、とある企業に初めてOB訪問する。大学の就職課でOBOG名簿をみて手紙を書いてアポとった。この時期は就職課にも求人が全然きてなかったので、面接は一つもなし。

2012年9月 8月にOB訪問した企業の選考始まる。書類選考、一次面接はいい感じに突破し、これは遂にスーツを脱げるかと期待するも、二次面接であっさり落とされる。春よりも狭き門とはいえ、OB訪問もして本気度が高かっただけにかなり落ち込んだ。も一つお菓子メーカーの秋採用も受けるが、同じく一次面接を突破するも二次面接で敗退。

2012年10月 それまではCMをやっているような超大手に絞って受けてくるも、さすがにこのままではNEETコースだと気付き、大学の求人票やリクナビでメーカー、商社に絞って検索。いくつかピックアップし、エントリーシート作成、説明会に参加。メーカー、商社に絞ったのは、金融のような新規開拓が少なく、安定してそうだから。就活生も知らないような企業だけど、堅実な仕事をしてそう?な企業、福利厚生のしっかりしている企業がいくつかみつかり、春採用から受けておけば良かったと少し後悔する。

2012年11月 10月から選考が始まった企業のうち、商社2社、メーカー1社が最終選考まで進む。うち商社1社は最終面接に出てきたハゲ親父がまじ糞で落ちる。メーカーは、仕事内容、福利厚生、人柄とどれをとっても他の商社2社よりも志望度が高く、絶対通りたいという意気込みで最終選考へ。君は本当に働く気があるのかという旨のキツイ質問等もあったが、面接を受けた日に電話がきて内定をもらい、遂に約11ヶ月に及ぶ戦いが終わる。残りの商社1社の最終選考は辞退、というか、すっぽかしw(すいません)


就活が終わって、大変だったけどやっておいてよかった、自分が成長したとか言う人がいるけど、僕は全くそんなことは思いませんでした。自分のことを落としてきた会社は正直全部潰れればいいと思うし、就活なんて非生産的で本当に無駄だったと思う。やらなくて済むならやらないに越したことはない。ただ、やらなきゃ来年からNEETになるわけだし、やらざるをえなかったから、嫌々やったわけです。
就活生としては、出来の悪い学生だったわけではありますが、こうやって11月に決まるパターンもあるという例にはなったと思います。
最後ある程度面接でも手応えを得ることができるようになったと思っています。コツとしては、話の内容に具体性を持たせることだったかなと思います。
話し方や雰囲気、確かにかなり大事だと思います。同じような学生二人いたら、イケメンが通りますし、可愛いくそビッチが選ばれるわけです。
話の内容に具体性を持たせることはそんなに難しいことではないと思います。”例えば”で始めて、どうしてそういう行動をとったのか、どうしてそう思ったのかを話せばいいと思います。


来年、再来年就活をするポケ勢は多いと思います。そんな人たちの参考になれば、この記事にも意味があることでしょう。
ろくに、授業にも出ず、サークルもやらない。でもニコ生とかポケモンばっかりやってた、そんな人でも続ければちゃんと就職できますよ。

それでは。

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さくら

Author:さくら
趣味は読書とポケモン。一応ニコニコ動画で生放送やってます。

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